君恋ふる23
社
キョーコちゃんが記憶を無くしてからというもの、なんとなく、蓮とキョーコちゃんの間がいい雰囲気になってるような気がする。
今のキョーコちゃんは、蓮に心を許して、無邪気に慕ってるように見える。
なんていうか、全身で“好きです”って告げてるようなそんな感じがする。
このまま二人がまとまってくれたらと思って、なんだかんだと理由をつけて、二人きりにさせるんだけど、先輩後輩から進んでない。
蓮の背中をどついてやりたくて仕方がなくなる。
一体あいつは何をためらってるんだろう………
どうも蓮の考えてることがわからない。
つらつらと考え事をしながら、蓮の楽屋の前まで戻ってくると、何やら二人の話声が聞こえてきた。
「痛………」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。痛くて………」
「自分でやれる?」
「無理です」
「俺を見て」
「痛くて………」
「あぁ、そんなにさわらないで」
「だって、我慢出来ない………」
いくら俺がじれったいって思ってたとしても、こんな展開は早すぎるぞ?
お前は楽屋でキョーコちゃんになんてことをしてるんだ!
「傷になったらどうするの?」
「痛くてたまらないんです」
それでも、急にドアを開けて気まずい思いをさせてもいけないと、少し離れて蓮の携帯に電話をかけた。
しばらく呼びだしてると蓮が電話に出た。
すぐに電話に出れないようなことをやってたんだな………
「るぇ~~~~~~~~ん。俺がいない間に、キョーコちゃんに何やってるんだよ!外まで声が聞こえてたぞ」
周囲を気遣って小声で蓮を叱りつけると、蓮は動揺のかけらもない声で俺に言った。
「何を言われてるのかわかりませんね。それよりもう移動の時間ですよね?早く帰ってこないと置いて行きますよ?」
「え?楽屋に戻って大丈夫なのか?」
俺の素っ頓狂な声に、蓮が訝しげに問いかけてきた。
「何を言ってるんです?」
「お前、楽屋でキョーコちゃんに悪さしてるんじゃなかったのか?」
つい馬鹿正直に聞いてしまって、電話の向こうから怒気を含んだ声が聞こえた。
「キョーコちゃんの目にゴミが入ってたのをとってただけですが、それが何か?」
変な想像してしまって、後ろめたかった。
よくよく考えれば告白も出来ない奴が、実力行使に出れるわけがなかったんだ………
電話を切って、蓮の楽屋へ戻った。
蓮の顔を見て、開口一番に謝った。
「ごめん」
蓮に頭を下げる俺を、キョーコちゃんが不思議そうにしていた。
「どうかされたんですか?」
正直に言うのはためらわれて、どう誤魔化そうか迷ってたら、蓮が助け船を出してくれた。
「社さんがここへ戻るのが遅くなったって謝ってるんだよ。そんなに遅くなってないよね?」
蓮がニッコリと笑ってキョーコちゃんに告げた。
キョーコちゃんも柔らかく微笑んで、蓮と俺を見つめていた。
ほんとに天使のような微笑みで、またキョーコちゃんの微笑みを見て蓮がとろけそうに見つめるんだよね。
すぐ傍で見つめ合う二人に、俺は身の置き場がなかったりするんだけど……
蓮の撮影中に、気になったので、キョーコちゃんに尋ねてみた。
「そういえば、さっき目にゴミが入ったとか蓮から聞いたけど、もう大丈夫なの?薬局で目薬でも買ってこようか?」
キョーコちゃんはニッコリ笑った。
「敦賀さんにとってもらったので、大丈夫です」
その現場を変に想像したのを思い出し、ばつが悪かった。
ごめんね、お兄さんはふしだらな想像してしまって。
「社さんって、お兄さんみたいです」
無邪気にかわいらしく微笑んで告げられた言葉に、嬉しいよと返事をしそうになって、背後の冷気に気がついた。
蓮君、それはやめようよ。
面と向かって言えないので、心の中で呟いた。
協力してる俺にまで嫉妬するなよな。
ミネラルウォーターを蓮に手渡したら、蓮がニッコリ笑って言った。
「よかったですね、社さん。キョーコちゃんにお兄さんみたいだなんて言われて」
お前全然よかったとか思ってないだろ?
どう見ても怒ってるじゃないか。
本気で蓮が怒った時が怖いので、俺はひきつった笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「ごめんなさい」
キョーコちゃんが急に泣きそうになって謝るから、びっくりしてしまった。
「どうしてキョーコちゃんが謝るの?」
蓮も驚いてキョーコちゃんに聞いていた。
「だって………お兄さんみたいだなんて図々しいこと言ったから、敦賀さんが怒って、社さんも困ってらっしゃるんですよね?」
途端に、感情を一変させ、優しくキョーコちゃんを見つめる蓮に、さすが俳優、と感心してしまう。
「怒ってないよ」
「困ってないから。嬉しかったよ」
俺と蓮の言葉に、キョーコちゃんは安心したようだった。
俺がお兄さんなら、蓮は何だろうと興味がわいてきて、キョーコちゃんに尋ねてみた。
「じゃさ、キョーコちゃんは、蓮もお兄さんみたいだって思うの?」
俺の言葉に、キョーコちゃんはキョトンとして、その様子が小動物のようにとっても愛らしかった。
「敦賀さんが、お兄さんなんて思えないですよ」
その一言に、キョーコちゃんは蓮を異性と意識してるんだと、俺は喜んだ。
蓮は、喜ぶべきか、悲しむべきか、迷ってるような複雑な顔をしていた。
「お兄さんでなかったら、蓮は何?」
その一言は聞くべきじゃなかったと、後から後悔したんだ。
「敦賀さんは、妖精さんみたいです」
無邪気に笑って告げるキョーコちゃんの方が、妖精のように見えた。
ごめん、蓮。
まさかこんな突拍子もない返事が来るなんて思ってもみなかったんだ。
妖精ははたして恋愛対象なんだろうかと悩む俺をよそに、なぜか蓮は嬉しそうな顔をしていた。
22へ つづく
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